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深夜のゲーセン。
エキストラステージを出したプレイヤーと、ある曲の話。

「…ねぇ、起きて。ドラム緑譜面で呼び出しですって」
「お、おう」
平日の夜遅くで呼び出しも少なく、半分寝ていた俺はDD4に起こされて目を覚ました。
「さっきから緑譜面ばかり選んでるみたい…たぶん初心者だと思うから、手加減してあげてね」
「わかったよ。だけどお前を守るのが俺の務めだってことも忘れないで欲しいな」
「ありがと、ブラホラさん」
彼女はフワリと笑った。

「みどりみどりーっと…」
軽く伸びやストレッチをして体をほぐしながらエキストラ部屋に向かう。
「相手は誰だぁ…金…ネ…?」
一瞬自分の目を疑った。
何故金ネが緑譜面を選ぶんだ?

この時間、ここに来る金ネはあの人くらいしかいない。
「よぉ」
慣れ親しんだ顔、彼に会うのは久し振りだ。
「しばらくだな。あんた程の腕前なら赤譜面で呼び出してくるかと思ったが」
「そんなこと言うなよ」
「赤譜面も簡単にフルコンしちまうあんたが、なんで今更緑譜面で呼ぶんだ?」
「ちょっとね」
「………?…まぁいいや、手加減なしで行くぜ」
何かはぐらかされたような気がする。



俺は譜面に癖がある。
緑譜面は初心者にはリズムが取りづらい。
当時俺がエキストラだった頃の彼もそうだった。

「中盤のズレが叩けたら先に行けるのに!」
「もう少し力つけて出直してこい!」

何度も呼び出しては、いつも同じところで落ちていた。
ようやくクリアしても判定はBだったな。
それでも彼は嬉しそうに笑っていた。

それから5年の月日が流れ、彼はランカーになった。
もちろん俺なんかは簡単にフルコンされ、弟や彼女でさえ簡単にSやフルコンを出されるようになっていた。

「…いつも、ここまで行けなかったんだよな」
「そうだったな…」
中盤の休憩地帯でぽつりと呟く。
俺が一言返すと、彼の頬に涙が一筋流れた。

「…なぜ泣く」
「………」
終盤に差し掛かり、譜面が少しずつ難しくなる。
曲に混じってスンと鼻をすする音が聞こえる。
ラスト8小節、シンバルもタムもすべてパーフェクト。
そして決めのハイハットで…まさかのミスが出た。

「あ…」
同じタイミングで声が出る。

ニューレコード!

そして、同じタイミングで笑う。
「あぶねぇ!やっぱりあんたも人間だなwww」
「もうちょいでエクセ出たのに勿体ないwww」
仕事中だということも忘れてゲラゲラ笑ってしまった。
「さぁ、アンコールですよ」
賑やかな空気の中、彼女…DD4が現れた。
「そうだったね、よろしく」
ヒィヒィ笑う彼が息を整えながら言う。
「DD4、エクセ出されるなよ」
「はいっ!負けませんよ?」
「同じミスは二度もしないさ」



閉店間際、音ゲーコーナーには誰もいない。
彼は椅子に座って筐体に向き合う。

「久し振りに選んでくれたと思ったら…なんで緑譜面で呼んだ?」
「なんと言うか、スキル上げるのに疲れたんだ」
「金ネともなればDD一家の兄弟やささきっさのお嬢さんたちが相手だしな。体力勝負じゃあ、そりゃあ疲れるだろ」
「そうじゃない」
彼は少し考え、そして語り出した。



金ネになってから、彼の悩みは尽きなかったらしい。
常連や取り巻きからはもっとランキングの上位に、と悪気のないプレッシャーをかけられる。
上には自分よりも遥かにレベルの高いランカーがいる。
下からは自分の苦手な分野を得意としたプレイヤーがどんどん迫ってくる。
小数点以下でランキングが変わる故、自分の好きな曲ばかりやっていたらすぐ引き離され追い付かれてしまう。
そしていつの間にかドラムマニアそのものが苦痛になってしまった。
何が楽しくてドラムをやっていたのかが、わからなくなった。



悩んだ末、ひとつの結論に辿り着いた。

「初心に帰ろうと思ったんだ」

自分の本当に大好きな曲を、ドラムが楽しくて堪らなかったあの頃のままのレベルで…そう言っていた。

「それで緑譜面…」
「さっきはすごく楽しくて、懐かしくてさ…ああ、あの頃はいつもこんな気持ちだったなぁ…って」
彼は涙ぐんでいた。
「あんた、俺のこと選ぶときいつも笑顔だったもんな」
「君は常に僕の目標だったから」
「………」

しみじみ思い返す。
曲の記憶力というのはなかなか馬鹿に出来ないものだ。
俺は彼が高校生だったときから知っている。
初めて俺を出したときにものすごく驚いたこと。
必死に叩いて、あと少しのところでクリア出来なかったこと。
バージョンが変わっても俺を選んでくれたこと。
レベル改訂前「詐欺曲」と名高かった頃も頑張って対象に入れてくれたこと。
初めて彼に赤譜面をフルコンされた日のこと。
いろいろな思い出が鮮明に蘇った。

「僕のドラムは、君とともにあったんだよ」
「ばかやろ…おだてたって何も出ないからな…」

俺が彼を育てた。
そう考えると、なんだか全身がむず痒くなる感じがした。



やがて、蛍の光が聞こえてきた。
閉店の時間だ。

「また何かあったら、君を選んでもいいかな」
「いつでも待ってるぜ」
「ありがとう」
「…礼なんか要らねぇよ」

本当はすごく嬉しかった。
だが結局、俺は最後まで「ありがとう」が言えなかった。
清掃道具を持った店員に彼は一瞥して店を出る。
俺はその後ろ姿を見送った。
小雨が振ったのか、隙間風が冷たかった。

「いいですね、あんな風に曲を愛してくれるプレイヤーがいるのは」
DD4が横に並び、微笑みながら言う。
「もしかしたら忘れられたかと思ってた」
すると彼女は笑って、
「…実は少しだけ妬きましたw」
そう言って小さな手を俺の手に絡ませた。
「おバカ…」



筐体の電源が落とされ、俺は久し振りに穏やかな気持ちで眠りについた。
意識が遠のく寸前に小さく一言だけ呟くと、そのまま俺は夢の世界に旅立った。


俺を選んでくれて、ありがとう。


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