door


<<…目を覚ませ…>>

私を呼ぶ声が聞こえる。
とても厳かな、声が。


【door】


気付けば、緑一色の部屋にいた。
壁も、床も、扉も、家具も。何もかも緑色。
天井の隅の方で、換気扇が低い音を立てて回っている。
私の記憶はここから始まっている。
それまでどうしていたのかは知らない。眠っていたのだろうか。

ここは何処だろう。
暖かくて、いい香りがする。とても居心地がいい。
部屋の外からは、音楽と楽しげな人の声が聞こえる。

何気なく部屋を見渡して気付いた。
この部屋には窓がない。
そして小さな棚の上にテレビがひとつ、ぽつんと置かれている。
テレビには外の様子が映っている。それが何処かはわからない。
人間と、彼らと戯れる曲。わかるのはそれくらい。
私はしばしそれに見入った。

初心者、上級者、ランカー。
いろんな人がいる。
ポップ、ロック、プログレ。
いろんな曲がいる。



どれくらいその画面に見入っていただろう。少し飽きてきた。
そういえばここには時計もないらしい。
そもそもこの場所に「時間」という概念があるかどうかも謎だけど。

外に出よう。
そう思ってドアノブに手を掛けた。

ガチン。

金属質の音がした。
何度もドアノブをひねってみる。
ガタガタと音がするだけで、扉が開くことはなかった。

「そこ、鍵かかってるから」
扉の向こうから、青年の声が聞こえる。
「勝手に出歩かれたら困るって。コンマイ神からの言いつけです」
先程の声よりも幼い、少年の声がした。

コンマイ神…。
初めて聞く単語。だけど知っている。
私たちを創る、唯一絶対の存在。
生まれるも消えるも、この「神」が決める。

「あなた達は、誰…です?」
扉一枚隔てたそこにいる二人に尋ねた。
「僕はover there、君の護衛だ」
青年が応えた。明るい声だ。
「僕は…Micro finです。ゼアさんと一緒に、あなたの護衛を…」
少年が応えた。しかし最後の方は口ごもったせいか、何を言ったか聞き取れなかった。
「そうですか。私は…」

そこまで口にして、私の意識は止まった。

私は…私は…。
私は、誰?

脳の中で、きゅう、と何かが絞り出された。

「私はPurple storm…父は泉陸奥彦、母は肥塚良彦…」
ただ脳から溢れたものを、淡々と言葉にしていく。
知らないはずなのに何故か知っている。
何か、すごく…変だ。

「奇遇だね」
青年…ゼアの声がした。
「僕の片親の名前も泉陸奥彦。君のお父さんと同じなんだ」
「え…?」
はは、と軽い笑い声。
「僕たちギタドラ帝国の曲はいろんなところで繋がってる。片親が一緒なんて、この国ではよくあることだよ」
「そう…なんですか?」
「君のお兄さん達がこの国にいるよ。いつかそこから出られたら、探してごらん」


【いつかそこから出られたら】


この扉の向こう側を見られるのはいつになるのか。
まだ見ぬ兄や姉に対面するのはいつになるのか。
私は何も知らない。


ビービー…と、けたたましく耳障りなブザーの音がした。

<<EXTRA STAGE…over there、配置ニ着ケ。レベルEXTREME…over there、配置ニ着ケ…>>

出番だ、とゼアが低く呟いた。
「じゃあフィン、後は頼むよ」
「はい。行ってらっしゃい」
薄手の布が擦れる音と足音がする。
それはやがて遠ざかり、消えた。

そして、しばしの静寂が訪れた。
換気扇の音だけが部屋に響いている。
扉に耳を押し当てると、5センチ先にいるフィンの静かな呼吸が聞こえる。
異様な静けさ。部屋は暖かいのに寒気を感じる。
おかしくなりそう。

「フィン…?」
静寂に耐え切れず、私は扉の向こうにいる少年の名を呼んだ。
「…はい」
ワンテンポ遅れて返事があった。
背中の寒気が退いた。
「私はいつ、ここから出られるのでしょう…」
素朴な疑問をぶつける。
「…僕にはわかりません。きっとコンマイ神にしか…」
「…そう」
少年と青年はこの『神』からの言いつけを忠実に守っているだけであって、神の意思を知っているわけではない。
愚問だった。

「あの人は…」
唐突にフィンが切り出した。
「あの人って?」
「ゼアさん。彼はきっとあなたを…パーストさんを守りますよ」
突然何を言い出すのだろう、この少年は。


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