door(2)
ここは何処? 
僕は誰? 
<<目を覚ませ…>> 
僕を呼ぶあなたは、誰? 
独りだった。 
赤い壁の部屋に、独りぼっち。 
扉には鍵がかけられ、自力で開けるなど到底無理だった。 
誰か!誰かここから出して! 
扉を叩いても、泣いても叫んでも、その「誰か」が来ることはなくて。 
「お前には、そこにいてもらわないと困る」 
「ごめんなさい。本当はこんなことしたくないのだけれど…」 
「いずれ出られる。だから少しだけ待って頂戴」 
扉の向こうに三人の女。僕の護衛だと彼女たちは言った。 
護衛たちは強く、僕は滅多に外には出られなかった。 
しかし神にも失敗があるらしい。部屋の隅に抜け穴があることがわかった。 
それからはたまに護衛の目を盗んで、外に出て人間と遊んでいた。 
人間と遊ぶのはとても楽しかった。 
僕に勝ったときはもちろん、僕に負けても人間は笑っていた。 
「今度は負けないからな」 
「いずれ、また会おう」 
しかしそんな自由もそれほど長くは続かなかった。 
神が抜け穴に気付いた。 
僕も護衛もきつく叱られ、抜け穴は塞がれた。 
また、独りになってしまった。 
寂しい、寂しい、寂しい…。 
誰か、来て…。 
………。
「ゼアさんはすごく強いんですよ」 
そう言った少年の声は、青年に対する憧れと尊敬に満ちていた。 
「少し前まで、ある部屋に閉じ込められていたって言ってました。『特別な曲』と呼ばれて…今のあなたと同じですね」 
「私と同じ…」 
一息おいて、少年は語り出す。 
僕たちの仕事は、部屋に閉じ込められたあなたを守ること。 
この国の伝統なんだそうです。 
あなたは『特別な曲』。 
そして僕たちは、あなたに会わせる人間を見極める『護衛』として、『神』から選ばれました。 
人間の中には力の足りない者や無粋な輩もいます。 
誰彼構わず会わせるわけにはいきませんから。 
だから、僕たちがしっかりしないとダメなんです。 
私はただ黙って少年の話を聞いていた。 
『特別な曲』と『護衛』のあるべき姿。 
それをこの少年は、心に確かととどめている。 
ふぅ…と少年は息を吐き 
「僕、ゼアさんみたいに強くなりたい」 
ぽつりと呟く。 
その声はまだ幼い。 
しかしその落ち着いた口調には、推し量ることの出来ない、まっすぐな何かがあった。
遠くから足音が聞こえる。 
青年が戻って来たようだった。 
「ゼアさんお帰りなさい。どうでしたか?」 
「楽勝だったよ」 
青年の声は戦いの疲れを微塵も感じさせない。 
「相手の力が足りなさすぎる。そもそもスキル700ちょっとで僕のEXTに挑もうというのが無茶な考えなんだ」 
一応手加減はしたんだよ、と苦笑しながら青年が言う。 
「もう少し楽しませてくれると思ったんだけどね」 
青年はやや物足りなさそうだった。 
「ゼアさんはプレイヤーすべての憧れですから」 
少年はこの青年をとても慕っているようだ。 
青年の纏うオーラは、扉一枚挟んでも刺さるくらいに強く感じる。 
他の者を圧倒する存在感。 
人間を見極める確かな実力。 
流石は『神』から選ばれた曲、と言ったところだろうか。 
青年の強さに何一つ不足はなかった。
<<EXTRA STAGE…Micro fin、配置ニ着ケ。レベルEXTREME…>> 
再び、ブザーと機械的な誰かの声。 
「ほら、フィン。お前の出番だ」 
「はい。…では、行ってきます」 
軽い足音を立てて、少年は何処かへ駆けて行った。 
「護衛って忙しいんですね」 
私は扉の向こうにいる青年に話しかけた。 
「人間たちは君に会いたがってるからね」 
「あなたのときも、そうだったんですか?」 
「………」 
青年は黙り込んでしまった。 
何か悪いことでも聞いてしまったのだろうか。 
「…ゼアさん?」 
「パースト」 
青年が私の名を呼ぶ。棘のある声。 
「はい…」 
「部屋の居心地はどうだい」 
まったく唐突な話題だった。 
「えぇ、まぁ…悪くはないですよ」 
「…そうか」 
それから青年は一言も口を利かなかった。 
私はこの青年が機嫌を損ねた理由を知らない。 
何故だろう。 
何故この青年は…。